妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

今日も7時に起きた。おはよう。


知ることが恐い。でも知らないことのほうがもっと恐い。苦しいけどこの恐怖の先にはきっと安心感。


思考停止した愚民が宗教に陥りやすいのだろうか。みんな自分の聖書を一冊ずつ持ってんの。みんな自分の神様そっと隠し持ってんの。


異常であって病的なのに特別じゃないとは言わせない。


自分で自分の首を絞めないと誰かに殺される。僕を殺すことは僕にしか許されない。


河井英里さんのSUNFLOWERは神曲だな。河井さんの声を聴くと安心する。とても癒される。好きだな。


初めてカナル型イヤホンを買ってしまった。Image S4。本当はX5とかX10とか欲しかったんだけどイヤホンにそんなにお金かけられるほど僕はイヤホンに対する情熱はないので…さっそく今iPodに繋げて聴いてるんだけどかなり楽しめる。低音もしっかり感じられるしボーカルもよく聞こえる。気軽に音楽を聴くためならばかなりコスパは高いと言えるんじゃないかな。まあ初めてのカナルなんで比較対象がAKGのK12Pになってしまうけど。心配していたカナルの装着感も気にならないしコードが扱いやすく顔に当たらないところもいい。iPod付属のイヤホンのコードに似てる。今の季節は暑くてヘッドホンする気にならないことも多いしヘッドバンドで髪の毛がペッタンコになる心配もないしちょっと音が欲しいときに気軽に使えるのは魅力だと思う。僕は外で音楽を聴くことがあまりなかったんだけどこれからは外でも聴いてみようかなと思わされるイヤホンかも。まあいい買い物だったよ。今は音楽を聴くことが唯一の楽しみといってもいいくらい音楽に依存してるから。


なんかイヤホンで聴いてる気がしない。ヘッドホンで聴いてる感覚。これがカナルなのか?初めてのカナル。なんか忘れかけてた気持ち。ワクワク。ドキドキ。


治療というものが癒しを目的とするものだとしたら正しいとか間違ってるとかじゃなくて苦しくないほうへ気持ちが楽になるほうへ向かえばいいってことだよね。正しいとか間違ってるとかなんて誰が決めていいものじゃないよね。多数の強者にだけ都合よく決められたものなんて守る意味ないよ。少数の弱者にだけ利益になるものなんてない。弱者の利益は強者も預かる可能性がある。強者から弱者になる可能性。弱者が強者になることはありえない。弱者は弱者の気持ちを知ったときに強者になる権利を捨てる。もうどうでもよくなってきた。どうでもよくなってもすぐにまたどうでもよくないことが現われる。どうでもよいはずなのかもしれないどうでもよくないことがどうでもよくなってもすぐにまたどうでもよいはずなのかもしれないどうでもよくないことが現われてどうでもよくなってどうでもよくないことが現われることはどうでもよくなってしまった。


医師と患者の関係はいびつなものだ。相手の情報に差がありすぎる。患者は相手と比較して圧倒的に少ない情報を頼りに相手を見る。情報量の差を補う可能性があるものとして患者の妄想があると仮定してみる。苦痛は患者のほうに。リスクは患者のほうに。医師は患者を信頼しているのだろうか。医師は患者に依存しているのだろうか。患者は医師を信頼している。患者は医師に依存している。


不安感はすべてを知りたがる。知らないほうがいいことってあるんだよ。僕は知りすぎてしまった。苦しい…何も考えずにあるがままを楽しむためには躁になるしかない。


自分が体験したことがすでに言葉になっているのを見ると醒めるんだよね。たぶんそういう気持ちなんだよきっと。推理小説を間違えて最後からめくってしまったみたいなさ。こんなんでも自分の中で結論が出れば安心できるらしい。どんな結論でもとにかく結論が出れば安心できるのかな。まあその瞬間に新たな不安が湧いてくるんだろうけど。はぁ…もう疲れた。明日は通院日だ。


体調が悪いときは思考を停止したほうがいいな。考えがまとまらないから苦しいだけだ。お風呂の中でなっきぃと一緒に妄想に耽るとしよう。


テンションをコントロールするように思考もコントロールすればよい。思考の対象や程度を微かに調整する。自分の中で起きていることは自分しか触れられないのだ。


予期不安とか過去の嫌な記憶が浮かんでくるのも同じ『思考』なんだろうな。いつも楽しい思考ならいいんだけどな。


明日の診察はノープランで臨む。先生と話したいことをまとめる気にならない。病院行くの面倒くさい。テンションが下がるとこんなもんなんだな。なんかもう醒めたわ…