妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

晴れたから街に出かけます。でも雲が多めで風が冷たい。日差しがないと寒い。明日は台風のせいで天気が悪いみたいだ。通院日だからどうしても外に出なければならない。とりあえず今日を楽しもう。


今日の朝はトラウマが頭の中を駆け巡ってつらかった。昨晩遅い時間に仕事をしたせいだな。職場での地獄のような記憶を思い出すと自分に自信が持てなくなる。こういう心の傷は死ぬまで癒えることはないのだろう。一生消えない傷。


カフェに来てます。カフェラテを二杯飲んだ。Mad Seasonを聴きながら夢野久作を読んでいた。孤独を楽しむ。おれは何処に向かえばいいのだろうか。わからなくなってきた。それはやりたいことをやって生きていく自信がないから。やりたくなくてもできることをして生きていくしかないんじゃないだろうか。ただ生きていくことと楽しく生きていくこととは違う。できることをやるしかないというのはまずはやってみてそれでもやっぱりできなかったら考えることじゃないだろうか。まだ何もしていないのにできないと自分の中で決めてしまってはもったいない。それは逃げることになる。復帰するということは逃げないことでもあると同時に逃げることでもある。おれは逃げたくない。考える余裕があるのなら行動したほうがはるかによい。考える余裕があっても行動する余裕がないのだろうか。まあ焦ることはない。だが確実にタイムリミットは訪れる。そう遠くないうちに。少しずつ前に進んでいくしかない。ストイックに生きていく。


カフェ→ドトール。日が落ちて寒くなったのでモンブランラテで暖まる。ドトールのコーヒーって他のお店に比べて熱い気がする。そろそろマフラーとコートの出番だな。明日の天気が心配だ。


いつものカフェに行く前に楽器屋でギターのピックを買った。ギターを買うことはたぶんないと思う。欲しいと思うものはお金がかかるから。家にある親のギターを少し借りるだけ。どうせ気が向いたときに弾くだけ。


白いものとかぶりものは駄目だ。タグにも注意したほうがよい。切り口が鋭いと僕の敏感な肌が悲鳴を上げる。無難な色でボタンで前が開くものがいい。当分の間新しい服は必要ない。見ているとつい欲しくなるけど落ち着いて冷静になって考えるともう必要ない。完璧主義のコレクター心理による買い物依存は許されない。