妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

痒くて眠れない…たぶん午前五時過ぎに起きた。掃除をしてもうすぐ午前六時。手をひどく掻いて血と水が出てシーツを汚した。頭も掻いた。記憶が曖昧だけどちゃんと証拠が残っていた。顔も痒くなった。掻くことで体温が上がるのかすごく暑くなって飛び起きた感じ。惨状はそれほどでもなかったけど二度起きるのはちょっとね…きつすぎるよ。これで早起きすんの?意味あるのかなぁ。何で痒くなるんだろ。痒みが残ったまま寝たからなのか。こうして起きて携帯をいじっているときは痒くないんだが。さすがに発狂寸前だわ。限界だよ。毎晩毎晩。何なんだこれ。本当に調子よくなるのかよ。耐える意味あるのかよ。僕はただ普通に眠りたいだけなのに。まるで掻くために寝るようなものだ。眠るために寝るという当たり前のことができないなんて。いい加減疲れた。そろそろ限界で死んじゃうかも。死ぬ病気ならいいのにね。


昼前に起きた。痒みのせいで浅い眠り。掻いたあとの傷が痛みます。悪化している原因は何なのでしょう。その原因は除くことのできるものなのだろうか。というより原因を特定するなんて現実として可能なのか。限りなく不可能に近いように思われる。回復するにはおそらく有効と考えられるものを複数同時に行う必要があるのではないか。何が効いたかなんて問題ではない。相互に作用することもあるだろうし。もちろん今までも様々な試みはしてきた。本当はもう新しいことをする気力がない。アトピーのことを考えたくないというのが正直なところです。しかしここまで生活に支障をきたすと考えないわけにいかない。
何かを試すことは少なからず期待というものがあるもので、今まで散々期待しては裏切られることを繰り返してきた。期待はしない。だけど何かをするには理由があるのです。何かを試す理由は調子がよくなることを期待するからでしょう。頭の隅では期待している。ほんの少しの期待でも存在するのであれば、うまくいかなければ裏切られた気持ちになるものです。何かを試すことはリスクを伴う。さらに悪化することはまれでも期待が裏切られる可能性は少なくない。精神的なダメージを受けるリスクです。期待して裏切られることで受ける心の傷は計り知れない。今までたくさん経験してきたのです。だからもう疲れたんだ…病気と向き合う余裕がない。逃げたい。痒みや痛みから逃れるために死んでしまいたいと思うのです。


お金じゃ買えないものが欲しい。健康とか友達とか。『物』では僕の気持ちは満たされないのです。今日から少し食事制限を始めます。厳格なものでなくゆるい感じですが。期待はしません。基本的に嫌な感じのするものは避ける。あとは食べたいものや体によさそうなものは今まで通り。つまり痒くなりそうなものは食べない。それだけの制限。もちろん食べ過ぎは論外。まあ食欲もなくなってきたけどね… 日に日に欲がなくなっていく。悟りを開いてしまうかも。


今日はピンクのレキソタンを朝昼夕食後に二錠ずつ飲んだ。普段の二倍の量です。精神的に落ち込んで何も考えたくないときはODをする。自分でここまでの量なら大丈夫だと知っているから。自暴自棄になって無闇に大量に飲むのとは違う。僕はどうやらこの量がちょうどいい感じに眠くなって適量なんだと思っている。これ以上だとたぶん体がふらつく気がする。そこまでいくと過剰摂取になってしまう。自分の量があるのです。それを知った上でODすることは決して間違いとは言い切れない。お薬は頭を使って臨機応変に上手に使わなければならないのです。そうすればお守り以上の効果を得ることができる。先生がこっそり教えてくれた意外なやり方。お薬の副作用のせいか眠くなってきたから寝ようか。