妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

昨晩も朝まで起きずに眠れた。寝る前に少し痒い気がしたけれど大丈夫でした。頭を掻いた形跡はなかったけど顔から少しだけ黄色く凝固したものが出ていました。気にするほどではありません。昼まで寝てしまいました。昨日は10日ぶりに外に出たので疲れていたのでしょう。やはり何日も引きこもるのはよくない。また明日から生活のリズムを整える。先生も苦しんでいるのだから僕も苦しもうと思う。


午前0時を廻りました。冷たい水で顔を洗ってきた。痛いくらいの冷たさで、この季節の夜はかなり堪えます。少し楽になった気がします。だけどまだ痒みが残っているので、しばらく様子を見ようと思う。本当は寝たいのだけど掻いてしまったら、せっかく冷たい思いをしたのに無駄になってしまうから。目の周りとおでこが痒いのです。皮がむけているところもあります。やはりできれば掻かないで痒みが落ち着いてくれたらいい。掻いて痛みに変える手段はあくまで最後の手段に過ぎない。眠りたいのに眠れないつらさ。そこに痒みという苦痛を伴う。苦しい。頭のなかで渦巻く葛藤、怒り、希死念慮。先生とお揃いだなんて呑気なこと言ってられない。苦しみがお揃いだなんて嫌だよ。もっと違う楽しいことでお揃いになりたい。


現在午前1時35分。結局顔を掻いて起きました。少し水と血がでました。痒みは痛みに変わりました。こんなことなら最初から掻いてから寝ればよかった。しかしそれは結果論であって、今夜は最善を尽くしたつもりだった。まあまだ痒みのあるうちに寝たら掻いてしまうのは当然です。眠かったから敢えてそうしたのです。今はもう眠ることなどどうでもよくなりました。痒くなったらおしまい。何故痒くなるのでしょうか。絶望的な気分です。発狂寸前。死んでしまいたいくらいの苦しみ。今回は自己嫌悪はありません。自分としてはやれることはやったつもりだから。仕方のないことだと諦めがつく。
しかし悪化している理由がわからない。考えられるのはストレスだけど、ストレスをなくして生きていくことは不可能です。ストレスを軽減するというのも仕事をして生きていく以上は難しいでしょう。ストレスのない仕事なんてあるはずがないのです。つまりストレスなしでは生きてゆけない。そろそろ諦めるということを考えていかなければならないかも知れません。現実としてこれから追い込まれていくことは必至なのです。病気持ちなりの生き方を模索しなければならない時期にさしかかってくるはず。このままだと普通に生きることを断念せざるを得ないときが来る。そのとき僕は人生の選択を迫られるのです。そのときまでは決して諦めずに最期まで病気と闘い続ける覚悟です。