妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

昼まで寝ていた。朝は雪が降っていて外に出られないと思ったら、早く起きる気にならなかったのです。昨晩の生き地獄のせいで気力をなくした。気持ちは上がれば下がる。もう駄目になってしまおうか。病気持ちとして生きていく決心をしようか。諦め。妥協。絶望。死。いい加減何かが切れた。楽になりたい。


両方のまぶたの横の辺りが痒い…何故僕はアトピーなのか。何故こんなに苦しまなければならないのか。十数年いや、もう二十年と言ってもいい。これだけ長い間苦しみ続けているのです。人生の3分の2とか笑うしかない。
先生とお揃いならよかったのに。でも先生にはこんな苦痛を味あわせたくないので、僕のほうが先生と同じようにアトピーじゃなければよかったのです。悪いことでなく、よいことでお揃いになりたい。難病のはずなのに軽い扱いを受ける見捨てられた病気。プライドはいつまで持っていられるだろう。いつまで自分を動かすことができるのだろう。先生と一緒にコーヒーを飲みたい。同じ空間を共有したい。早く先生に会いたい。


昨晩の生き地獄から立ち直ろうとしているのに、寝る前のこの時間、左のこめかみの辺りが痒い。少し赤みを帯びている。せめて起きているときくらいは痒みから解放されたい。これでは何もできません。妥協に妥協を重ねているというのに、更に追い討ちをかけられるのではたまりません。いよいよ限界になります。僕は人間なんです。いつまでも苦痛に耐え続けることはできない。この病気は限度というものを知らない。それとも知っていてわざと苦しめているのだろうか。残酷で卑劣な最低の病気ですね。殺したいならさっさと殺してみろよ!死なない病気。だから軽く見られる。実際はこんなにも深刻だというのに。
病気を受け入れることはできません。受け入れるということは、人生を諦めるということだから。病気とうまく付き合いながら生きていく?そんなの病気をコントロールできる状態でなければ不可能です。はぁ…僕が何をしたというのだ。死なない病気に殺される。病気のせいで自殺したら、病気に殺されたのと同じだ。自殺は病死。自殺は悪じゃない。自殺は病死なんです。病気で死ぬのと同じなんです。