妄想と記憶

人生にくじける孤独な妄想と記憶

形跡4。


いつものカフェでクロワッサンを取って置いてもらって、スパゲッティのカフェに来ました。ここでひとりランチをしたら、いつものカフェでひとりお茶をする。そして今日は髪を切りに行かなければならない。それが今の心が憂鬱になっている原因だと思う。薬に頼るしかない。先生に頼る。


ズワイガニのトマトクリームソース。うまい…幸せな気持ちになれた。少しずつ心が目覚めてきた感じがしている。クリームソースもまったくしつこさはない。前菜とパンがついたスパゲッティのランチセット。いつも通り飲み物はラテ。満たされた。時間もちょうどよい。いい感じだ。大丈夫、僕ならできる。


いつものカフェでひとりお茶。クロワッサンとラテ。レキソタンデパスを飲んだ。外は曇りがち。時折日が差すと暑い。今日は長袖シャツをまくっている。美容院は苦手なんだ。どうせ死ぬからどうでもいいと開き直って、どうにか無事に終えたいと願う。


つ、疲れた…しかし無事に髪を短くできた。美容院に行く直前に余計な物を見てしまって心が乱れた。鏡は恐ろしい物。店員さんとお話する余裕が、時間的にも精神的にもなかった。無理をした。休もう。休もう。休もう。今日は僕の居場所に行っても、髪を切りに行くことが引っ掛かって落ち着かなかった。そういう意味でも来週は休みの日が必要だ。苦しいこと、嫌なことで迷ったらやめておく。僕は病気持ち。開き直らないと生きていけない。やるときはやる。だから許される。理解されなくてもいい。ほっといてくれたらそれでいい。


これでまた自信を取り戻せるはず。来週も休むとしたらまた三連休になる。今週は4日間がんばれば先生に会える。逃げるのではない。頭を使って賢く生きるんだ。何も考えずにただ闇雲に突っ込んで行っても玉砕するだけ。もう若くはない。どうしたら生き延びることができるのかを意識する。それはできるだけ楽な心で居られること。まだ僕は死んでない。死にたい気持ちを抱えたままで生きていく。


鏡を見て安心する。だけど余計に鬱になるときもある。できるだけ見ないほうがいい。知らなくてよいことがある。気付かないほうが幸せなことがある。勘違い。思い込み。それでも楽しくいられたらいい。すべては自分の脳内で起きているのだから。この世はみんな思い込みでできているのだから。脳内世界は現実世界と密接につながっている。


既存のものに飽きるということは、新しいものを欲しているということ。好奇心がある証拠。美容院の馴染みの店員さんが言っていた。「なるほど!」と思った。


どうしてもこの時間になると鬱がひどくてどうしようもなくなる。アパートに戻る前日の夜。デパスを飲んだ。髪を短くした自信は何処かへ行ってしまった。体が重い。息が苦しい。何もできない、何もしたくない。死にたい気持ち。毎週毎週こんな調子では、いつか近いうちに限界が訪れるに違いない。


鬱なときに何をしたって無駄だな。ただ疲れるだけで余計に気が滅入る。頭をからっぽにしてストイックに過ごすしかないか。はぁ…


イデアを考えるか。何も楽しめないのなら、自分で楽しいものを作るしかない。


あー面倒くさい。本当に嫌気が差す。不便な身体。死にたくなる。なるべく適当に終わらせて、まだ休み時間を楽しみたい。


適当にと意識したら、一時間かからずに済んだ。まだ休み時間。眠いけど、限界まで起きている。遊んだあとは、ぶっ倒れるように眠りたい。


眠くて目が疲れただけだった。本を買ったけど、また積まれるだけだろうな。どうしちゃったんだろ…何も楽しめない。